ふくらはぎの肉離れってどんな感じ?最短復帰へ圧迫の重要性を実感した現役トレーナーの経験談!




お恥ずかしい話なのですが、2018年4月25日水曜日。

所属する社会人ラグビーチームにてスピードテクニックの一環として、片足で行う「シングルレッグパワーバウンス」のデモの最中。

グラウンドの凹みに足を取られ、バランスを崩した状態で3歩目のジャンプを跳んでしまい、右下腿三頭筋(ふくらはぎ)の肉離れをしてしまいました。

 

現場トレーナーが自ら経験したふくらはぎの肉離れ

プルン!という抜けた感覚と急激にこわばる筋肉を体験

42年生きているものの、ふくらはぎの肉離れは初体験。跳んだ瞬間に、「プルン!」という何とも言えない抜けた感覚が下腿に走りました。

お水を飲み込んで気管に入ってしまった瞬間と同じように、「いや、違う!俺はやらかしていない!大事には至らないぞ」となぜか必死に現実逃避を試みた私。

しかし直後から右足をつけることもままならず、ドクンドクンという拍動を感じつつ、急激にこわばっていく膝下。

冷や汗が止まらないながらも、後30分と少しでチームの全体練習は終了のタイミング。

コンディショニングコーチがデモの最中にケガをして、グラウンドを離脱。起こってしまったことは仕方がないですが、選手の目の前でこんな状況を見せてしまうと、途端にグラウンドの雰囲気が壊れてしまいます。

近くにいてくれた南里トレーナーに小声で、
「本当ごめん。情けないけど、右ふくらはぎ、肉離れしちゃった。応急処置してもらえます?」と頼み込み、残りの業務を何とか終えたのでした。

 

足が着けない

練習が終わってからは、もうごまかしは効かず。とにかく右足がまともにつけない。

靴を脱ごうとしてもわずかな足首の背屈で、悲鳴が出そうなくらい痛い。

なるほど、下腿三頭筋の肉離れ、カーフレイズができずに荷重も難しい、ってすごくわかりやすい指標だな…と妙なところで感心しました。

「どうしたんですか?」という選手の心配そうな声や好奇の表情を横目に、アイシングを作ってもらい、ひたすら圧迫。

春キャンプ前の最終練習日ということで、皆あわただしく準備をする中、迷惑な話ですがほとんどの準備を手伝ってもらいました。

キャンプ道具の荷下ろしがあったため、たまたま車通勤だったため、必死に左足を使って運転しながら、帰路に。

15分冷やして、30分はがっちり圧迫しつつ挙上。帰宅した時には23時は優に超えていましたが、これを4セット繰り返し、とにかく初期の処置を実践。

受傷48時間以内の処置がその後の回復具合を決める。教科書に書いてある定石だからこそ、とにかく徹底して続けました。

自分で触ると下腿内側部には明らかなへこみがあり「ああ、これ、軽度でも二度(中度)の肉離れだな…」と感じました。

3日後の4月28日からは4泊5日の春キャンプ合宿。最悪のタイミングで受傷した自分が改めて情けなく感じた夜となりました…

 改めて圧迫の重要性を再認識

受傷翌日の朝。近くで懇意にしてもらっている「ゆめ整骨院」の末木先生に連絡。特別に診療時間前に評価と処置をしてもらいました。

患部にへこみがあり、筋肉の位置が落ちていることも確認。程度こそあれ二度の肉離れは間違いないだろうという見立て。

超音波治療を行ってもらい、そこから収縮性のある圧迫用テープでがっちりと患部を巻いてもらいました。かぶれはでやすいもののこっちのほうが受傷初期の圧迫には効く、ということでした。

受傷3日目にはかぶれがひどくなってしまい、弾性包帯に切り替えてもらったのですが、圧迫をしっかりとしたことで肉離れの症状は最小限で済みました。

アイシングも挙上も大切。しかし肉離れには何よりも炎症を広げないための適切な圧迫という処置がとても重要。そのことを再認識しました。

急性期反応としての筋肉の収縮が凄かった

受傷から3日後の4月28日。千葉県長生郡の「生命の森」という施設にてキャンプがスタート。当初は電車で現地入りするつもりでしたが、妻が運転をしてくれて車で合宿入りしました。

当日は走ることはできませんでしたが、何とか普通に歩くところまでには回復。

セオリーとしては良くないのかもしれませんが、膝を曲げた状態でのヒラメ筋へのアイソメトリックストレッチは受傷2日目より開始。

受傷から48時間を過ぎてからは、自分の感覚でステンレス鍼を腓腹筋の中央寄りに向かって打ち、5分ほど置鍼することを試していました。

ビギナー鍼灸師であることは選択肢が増えていい一方、却って悪化させるリスクもあるので注意が必要。ただ「自分の体の声に耳を傾ける」感覚は大事ですよね。

腫れやむくみがだいぶ収まってくると、最初の見立てほど肉離れ自体は酷くないのがわかってきました。私はもともと下腿を使いすぎる傾向があり、この部位の筋肉が妙に発達しているんですよね。

それゆえ肉離れをした直後からの筋肉の収縮が強烈だったのだと思います。

合宿3日目からは通常スピードで歩行は可能となり、選手やスタッフの考慮に助けられながらも何とか自分の仕事を全うすることができたのでした。

人生二度目の肉離れ

生まれて初めての肉離れも30代半ばを過ぎてから。このときも草野球でジャンピングキャッチを試み、最後の踏み切りでグラウンドの凹凸に足を取られて…というパターンでした。

当時は左ハムストリングスの肉離れ。整形外科で受けた診断は二度(中度)というものでした。受傷後24時間はあまりの痛みに悶絶していましたが、3日目にはほぼ問題なく歩行が可能。

ハムストリングスの起始部と停止部にものすごい内出血が出て、ぞっとしましたが、結果的に1か月後には以前と同じような動きが可能となりました。

一般的な経過でいえば、このときも復帰までは早すぎます。

見立てよりも軽症だということもあるのでしょうが、私は肉離れのような軟部組織損傷には耐性が強いということなのかもしれません。

今回の肉離れは受傷7日目になって、足首の外果・内果周囲に内出血が落ちてきました。

こわばりを感じる部分も下腿中央から、アキレス腱の上部へと移行しており、きちんとしたリハビリを行いつつ、再発しないよう心がけていきます。

現場トレーナーが怪我をするという意味

今後順調に推移すれば、大きな事なきを得た今回のケガ。しかしスポーツ現場で特にトレーニング担当しているトレーナーが、現場でケガをするというのは死活問題です。

デモ中にケガをするという経験は人生初であり、私自身にとってもショックな出来事でした。

もっと自分の体の状態に耳を傾けること。

年齢に応じて、リスクの少ないアプローチで選手と共に動いたりデモを見せるよう意識すること。

反省として自分にフィードバックをしつつ、改めてより高い集中力をもってグラウンドやジムでの指導に向かわないといけない。

いつも偉そうなことを書いていますが、お恥ずかしい限り。危機感と緊張感を覚えた今回の出来事でした…

 

 

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YUJI HIROTA

アスリートスポーツの現場をメインに活動するトレーニング・コンディショニングの専門家。「コンディショニングコーチ」ですがスポーツトレーナーといった方がわかりやすいのかも。実は鍼灸師でもあります。









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