今日は私の大切な戦友の挑戦につ
いてリライト記事を。

2019年4月21日日曜日。

大阪12区の衆議院補欠選挙に挑戦
した、大阪維新の会推薦の藤田文
武氏が初当選を果たしました。

株式会社KTAJの代表取締役社長
の藤田文武氏。

39歳にいう若さですが、弘田が
ディレクターとして関わっている
「タチリュウコンディショニン
グジム」の社長です。

「松坂世代」の彼とは、今から約
10年前に知り合いました。

当時まだ20代だった彼の出会った
ときの印象は「冷静な切れ者」。

スーツの似合う知的な印象ではあ
りましたが、歩き出した動きから
ラグビー経験者であること、酷い
足首の捻挫歴があることがわかり
ました。

「ああ、やっぱり体育会系の人な
んだなぁ」と思ったのがつい先日
の事のようです。

後日談ですが、藤田社長からは、

藤田氏
「初めて二人で習志野ジム予定地の周りを歩いた日に、僕の足首のケガのことと身体の癖をピタッと当てたじゃないですか。あそこまで正直弘田さんの能力、半信半疑だったんですけど『これでこのプロジェクト、勝ったな』と思いました。」
という嬉しいコメントをいただ
きました。

タチリュウコンディショニング
ジム習志野本店。

ここをオープンするまでの2か月
ちょっと。

突如家族よりも長い時間、朝か
ら晩までそれこそ寝食を共にし
たものでした。

皆若い!右端が藤田氏。

左は後に北海道日本ハムファイターズに入団した村田君と。右の写真は朝日トレーナー(左)と共に。

見せてくれたお父さんの写真で人柄を確信

2010年のタチリュウジム習志野本
店のオープン以来、親しくさせて
もらっています。

私の中で彼の人柄を確信したエピ
ソードをよく覚えています。

出会って半年ぐらいのころだった
と思います。

藤田社長は2009年にお父さんを亡
くしているのですが、そのお父さん
の晩年の写真をジムの控室の昼食の
タイミングで見せてくれたのです。

大学時代に受け取ったお父さんから
の初めての手紙。

そのことがきっかけとなり「経営
者・教育者・政治家」を志すよう
になったという話はその以前から
聞いていました。

写真当時の藤田氏のお父さんは進行
するガンに侵されている時期だった
とのこと。

しかし真っ直ぐにカメラの方を向く
目は100%「生」を全うしている
人のそれ
でした。

厳しくも優しい表情と凛とした雰囲気。

写真にも関わらず数秒見入ってし
まうようなその魅力に衝撃を受け
ました。

ちょっと泣きそうになってしまった
んですよね。

私は直感型の人間なので、

心の声
「ああ、俺はこれから何があっても藤田文武という人物の力になろう。

こんな親の愛を一身に受けて、今なお父の写真を携帯しているこの人物を信じられないわけはない!

と確信したのでした。

…後日そのときの話をしたら、
「え~、僕、弘田さんに親父の写真
見せましたっけ~?」と笑っていま
したが。

彼なりの照れ隠しのような気がして
います。

 

2014年の転機、快く送り出してもらった恩人

タチリュウコンディショニングジム
の前身となった会社でも、勤務し
ながら日中に「中抜け」して三年
もの間、鍼灸専門学校に通うワガマ
マを許してもらっていた私。

そして国家試験を受け、ついに専門
学校も卒業へ、という2014年2月。

現新日鐵君津かずさマジックの投手
コーチである渡辺俊介に同行しての
アメリカ行きを決断してしまいます。

当時はまだチーフとして現場のトレ
ーニングを仕切らせてもらっていた
時期。

激怒されても仕方がない決断を、

藤田氏
「弘田さんらしいですね。頑張ってきてください!そしてどんな形で会ってもずっと関わっていきましょう」

と温かく送り出してくれた藤田社長。

彼の懐の深さに助けられて、スポー
ツ現場の仕事をメインにしている
現在も、コンディショニング統括
ディレクターという名前で愛着ある
タチリュウコンディショニングジム
と、関わらせていただいています。

「返報性の法則」という言葉があり
ますが、ビジネスにおける緻密な計
算とともに、全く力まずに関わって
くれる「人間味」を感じさせる人物。

自然とたくさん力になりたくなる、
そんな魅力的な戦友
なんです。

衆議院選挙大阪第12選挙区に立候補

最初の衆議院選挙挑戦

2017年9月末。安倍内閣総理大臣
が衆議院の解散総選挙を表明。

藤田氏も日本維新の会からの公認を
受けて「衆議院大阪府第12選挙区
支部長」として衆議院選挙に出る

こととなりました。

大阪12区というのは、寝屋川市、
大東市、四條畷市の3市で、彼の
生まれ育った地元。

経営者・教育者としてキャリアを
重ねてきた彼がついにもう一つの
志である「政治家」になるべく、
最前線で死力を尽くして活動して
きました。

2017年10月22日日曜日。

衆議院議員選挙が一斉開票に。

大阪第12区の藤田文武氏、善戦し
ましたが最後は7000票ほどの差で
当選はなりません
でした。

ジバン・カバン・カンバンと言わ
れる地元でのコネクションに根付
いた組織力、知名度、資金力どれ
もない中、最後まで死力を尽くし
て戦った藤田氏。

愚痴や言い訳一つせずに、冷静に
結果を受け止めている姿が印象的
でした。

思いがけず早く訪れた再挑戦

次のチャンスは4年後か… そんな
風に考えていた2018年末、当選を
果たした北川氏の死去、それに伴う
補欠選挙という驚きの知らせが。

思いがけない短い期間での再挑戦。

補欠選挙1、2を争う激戦区という
注目された選挙にて、見事に当選を
果たしたのです。

今回の選挙ボランティアには全く
参加できなかったのですが、当選
速報をテレビで確認し、自宅で飛
び上がるほど喜びました!

本当におめでとう。

国の将来を考える戦友の名前を覚えてほしい

2010年以降の弘田の仕事をサポー
トし続けてくれた社長、そして
切な戦友として、彼の新しい挑戦
を目いっぱい応援してきました。

「選挙」ってとても遠い存在に感
じるもの。

正直私もずっとそうでした。

しかし藤田文武氏が衆議院議員に
立候補するにあたり、ぐっと身近な
ものになったんですよね。

リアルな彼の人となりを知っている
からこそ、力になりたかったのです。

仕事を通して知り合った人たち。

その中で100%信頼できる人物って
数えるほどしかいないはず

私にとって藤田文武氏は数少ない、
そんな仲間の一人。

持っている心根や器から、間違い
なく「日本のこれからを真剣に考
え行動してくれる政治家」として
活動してくれる人物
です。

NHKを中心とした全国メディアで
の取材などをいくつもこなした、
選挙翌朝も早朝から地元駅にて
街頭挨拶を行って、全く浮かれた
様子はありません。

 

戦う舞台は違うけれど

戦う舞台は違いますが、ずっと苦楽
を共にしてきた戦友が違う分野に
チャレンジしていく。

トレーニングやコンディショニン
グの世界で戦っていく私にとって
も、嬉しく大きな刺激になってい
ます。

大切な人の力になり、大事な人た
ちの「大事な存在」になれるよう
自分自身、日々切磋琢磨していき
たいです。

 

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YUJI HIROTA

アスリートスポーツの現場をメインに活動するトレーニング・コンディショニングの専門家。「コンディショニングコーチ」ですがスポーツトレーナーといった方がわかりやすいのかも。実は鍼灸師でもあります。









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