ラグビー現場に携わるようになって4年目。捻挫や脱臼、骨折に対する免疫はだいぶついてきました。それでも膝の嫌な角度からの受傷、そして頭を強くぶつけた瞬間の動揺には未だに慣れません。
肉体のぶつかり合いがあるからこそ、試合の感動も大きい素晴らしいスポーツであるラグビー。ですが選手にとっては引退後のセカンドキャリアのほうが長いわけです。
脳に与える衝撃という観点から、脳震とうへの対策は慎重に慎重を期すべきもの。今回は今まで述べてきた「脳震とう」に関する考えをまとめてみます。
選手も指導者も知っておくべき脳震とうの影響
NFLの脳震とう訴訟が表沙汰になって以来、米国におけるフットボールの6~14歳の競技人口は2010~2015年の5年間で、約300万人から217万人へと27.7%も激減しています。
先日記事になっていたものなどをみれば、その気持ちは分からなくもないですよね…。
参考記事:死後提供されたNFL選手の脳、99%に「慢性外傷性脳症」
若年層の競技人口の減少は、競技の頂点に位置するプロスポーツにとって死活問題となります。そこでこの事実に対応してNFLでもルール変更などを通して、脳しんとう対策に乗り出しています。
最も脳しんとうの起こる確率の高いキッキングゲームのルールを見直したり、無防備な相手への危険なタックルには罰金処分を課したりしたことなどは、こうした姿勢の変の現れですよね。
日本ラグビーにおける脳震盪への新対応
2016年より日本ラグビー協会にもスーパーラグビーの基準となっているHIA(Head Injury Assessment)が導入されました。
メディカルトレーナー部門では、SCAT3という脳震とうに関する既往歴を調べるチェックを選手全員に行うなどの準備を進めていました。
これまで出来なかった公式戦で一度ピッチを外れたうえで代替選手が試合出場(10分間)可能というルール改正がHIA。
脳震とうの有無を一定時間取った状態で判断できる、というのはチームにとっても選手にとっても嬉しい改正だと感じています。
ワールドラグビーの発表によると、HIA導入前は脳振盪を起こした選手の56%はそのまま試合を継続していましたが、HIAを導入することでその数字は12%以下になっているそう。
やや遅きに逸した感もありますが、日本のラグビー界におけるトップレベルがこのシステムを導入したことにより、大学や高校、ジュニアスポーツの世界にも「脳震とう、疑わしきはプレー中断し簡単なチェック⇒専門家受診」という流れが常識となっていくはず。
いいことですよね!
脳震とうのリスクを浸透させること
私が現チームに所属してからも脳震とうの影響から引退を余儀なくされた選手が出ています。現在同志社大学でFWコーチも務める太田春樹はその一人です。
来る日も来る日もリハビリに励む彼の姿を目の当たりにして、心から復帰を願っていたものの、私自身改めて脳震とうの恐怖やリスクを痛感したものです。
若くして現役引退を余儀なくされた春樹。そこに至るまでの葛藤、引退後の寂しさはあったと思いますが現在コーチとしてグラウンドに立ち、選手を見つめる彼の姿をみて、じんわりと胸が熱くなりました。
どんな選手であれ現役時代よりもその後の時間のほうがずっと長いもの。アスリート人生の前半章を懸命に過ごし、その経験を後半章にどう生かすかがきっと一番重要なこと。
つらい決断ではあったものの春樹が次のステージに進むことが出来たのは、当時きちんとリスク回避し彼をサポートしたメディカルトレーナーやドクター、チームの理解があったからこそ。
逆に言えばそういった理解がなかった状況下に彼がいたら…と思うとぞっとします。
私自身、それだけの責任を持って選手たちのサポートという仕事を担っているのだ、と改めて感じているところです。
直接頭を打たなくても脳震盪の可能性はある
実際のアメリカNFL選手のケースを基に映画化された「Concussion」。ウィルスミス主演で発表された実話に基づく話のインパクトは大きかったものです。
現役引退後に言語障害や若年性認知症に悩む選手が多く表れていたことが発覚し、NFL選手団がリーグ側を訴え勝訴を収めたのは記憶に新しいところ。
私が今関わっているラグビーやサッカーでは、直接頭に衝撃を受けなくてもフィジカルコンタクトによって、頭が揺さぶられることで脳震盪を発症することもあります。
このことはスポーツ指導者やコーチにも十分に理解される必要がありますよね?
現場に携わる人間として最も大切なのは、選手が自ら異変を感じた場合に申し出ることが出来る「雰囲気づくり」や文化を創ること。
いつの時代にも選手はグラウンドを離れプレーを中断することを嫌うものですから…。
体の中でどこよりも繊細な器官である脳に対して最大限慎重に対応する。それが何より重要だという認識を指導者や保護者、我々は絶対に忘れてはいけないです。
サッカーをする娘を持つ親として心配していること
ヘディングのリスク
小学校2年のころから女子サッカーチームに入団した次女。最初びっくりしたのが「ヘディングをしない」という方針。
指導して下さるコーチがとても勉強熱心な方で、
「特に女の子はボールを怖がるし、小さいうちは頭部への影響もあるから、『ヘディングはしなくていいよ』と指導しているんです」とおっしゃっていました。
アメリカサッカー協会が2015年11月に「10歳以下の子どもはヘディング禁止、11~13歳の子どもにも練習中のヘディングの回数制限を設けることを発表」というニュースを発表。
この論文を2016年に読んでいましたから「ああ、勉強熱心なコーチの方で本当に良かったなぁ」と思ったものでした。
アメリカサッカー協会のこの安全指針も訴訟に端を発した和解によってもたらされたもの。協会傘下にあるアンダー世代の代表やアカデミー、国内プロリーグ(MLS)のユースチームに適用されることになったとのことでした。
次女がサッカーをしている一父親として気になるのは、男子サッカーより女子サッカーの方が脳震とうリスクが高いことが判明している点。
そして英スターリング大学は2016年10月、研究によりヘディングが脳の短期記憶機能に重大な影響を及ぼすことが判明したと公表しました。
通常のヘディング練習と同様の状況を再現した後に選手たちの記憶テストを行うと、記憶機能が24時間で41パーセントから67パーセントの幅で低下していたという衝撃の結果が…
また脳震とうは、女子選手の月経パターンにまで影響を及ぼすであろうことが違う研究でも示唆されています。
現在小学六年生の我が家の次女は、中学でもクラブチームにてサッカーを続けていくとのこと。こういったリスクはあるのだということは認識したうえで、彼女の自由意思を応援したいと思っています。
ヘディングだけが脳震とうリスクではない
ただし前述したとおり、脳震とう症状が出ている対象者のほとんどが「偶発的な衝撃」を経験しています。
空中で競り合って相手の体と頭が接触してしまったり、ボールをキープしている後ろから相手にぶつかられたり、というフィジカルコンタクトの方がより危険度が高いし気を付けるべきなのは当然のこと。
いずれにせよ頭部への蓄積ダメージに関しては慎重を期す、という意識は持ち続けておく必要はあります。
正直心配ですけどね…
まとめ
一つの競技にのめり込んでいき向上していく姿は素晴らしいし、子供の未来に自分の夢も乗せたくなる親御さんの気持ちはよくわかります。
それでもスポーツを中心にして学校を決めていきプロフェッショナルとして仕事にしていける選手は1%以下。
無邪気に頑張る子供たちをサポートしつつ、考慮すべきリスクについての知識を有しておくことは専門家以外にとっても大切なことなのではないでしょうか。
私も自分の娘に対して、安全面を最優先した体の使い方や補強エクササイズなどの指導は今後行っていくつもり。
できることをしっかりと考えて、めいっぱい心配しながら全力で応援できたらいいな~。
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YUJI HIROTA
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