トレーナーって報われないなぁ。正直そう感じることって多いです。
夏真っ盛りを向かえて、苦しい思いを抱えたり、愚痴が止まらないトレーナー業も多いのではないでしょうか。
コンディショニングコーチというトレーニング寄りの専門家として、感じるところを書いていきます。
現場のトレーナーは激務でストレスが大きい
仕事の内容こそ多岐に渡るものの、スポーツ現場で「トレーナー」と名のついた我々の仕事はTHE裏方。
バリバリのスポーツ現場で働きたい。そんな思いを抱いている人たちが憧れる、ある種華やかな世界。
ほんの一握りしか得られないチャンスを掴んだ喜びと引き換えに受け止めなくてはいけない現実は、長時間の勤務時間や不安定な日々。
恋人や家族との時間を犠牲にするのは覚悟のうえで、遠い昔に描いた理想のトレーナー像と自分のプライドをかけて、皆必死に現場に立っているはずです。
第一線で頑張っている人たちは一様に、勉強熱心であり常に緊張感を持って仕事に臨んでいます。それにも関わらず、我々の仕事が「適切に」評価されることって本当に少ないです。
私自身、この仕事をしていて今まで何度も挫けそうになったことがあります。
私の専門はストレングス&コンディショニング(以下S&C)。S&Cは本当にニッチな部分でもあります。なかなか一筋縄ではいきません。
50の苦しいことを経てめちゃくちゃ大きな1の喜びを経験できる。
もうだめだ~、と思ったときに限ってご褒美みたいに嬉しい出来事があってまた何とか自分を奮い立たせることができる。
そんなギリギリのバランスの中で、何とか自分では天職だと思っている「コンディショニングコーチ」という分野を生業にできています。
2017年WBC世界バンタム級タイトルマッチでの批判
2017年8月。日本新記録に並ぶ13連覇への挑戦へ挑んだ、プロボクシングWBC世界バンタム級タイトルマッチの山中慎介さん。
ボクシングへの造詣は全く深くない私ですが、帝拳ジムの会長さんの怒っている様子を書いた記事を読んだり、下記リンクサイトのような論調の記事を読んだら何だかとても切なくなってしまいました。
それがコチラ→ 山中慎介がV13逃す、「トレーナーを責めるつもりはない」 竹原慎二氏は「俺なら納得いかない」
「後だしじゃんけん」での批判の残酷さ
今回の山中選手のトレーナーさんは大和心さんとおっしゃるそう。
私は直接面識はありませんが、今までずっと山中選手を一番近くで見てきた一人であり、プロフェッショナルのはず。
棄権をする判断が独断でなされるものではないのが常識らしいので、今回のトレーナーさんのその部分は問題かもしれません。
しかしその彼の判断は、我々リング下や周りにいる人間がわかるような生易しいものではないはず。
元世界王者だろうが、ボクシング界では世界的なトレーナーだろうが、そのリング脇にいた人間以外が非難できるような決断ではない。私はそう思います。
大和トレーナーの判断が良かったかどうかは誰にもわかりません。
しかしこんな風に何かしらの問題点が浮き彫りになったり、責任を問われる状況になった時ばかり、トレーナーが矢面に立つことは、本当に多いんです。
山中選手の立派な態度に救われて
この件の救いは、山中選手が一貫して担当トレーナーを非難せずに擁護している点。
何か問題が出た際に、半ば言い訳がましく選手側からトレーナーに対する問題があげられることもけっこうあるのがスポーツの現場。
山中選手は素晴らしい人間性を備えているのでしょう。私は今回の事でもっともっと山中慎介というボクサーが大好きになりました。
光が浴びる仕事でないことを重々承知していたとしても
トレーナー業に携わるものは、派手に成功がクローズアップされたり、メインになることが決してない仕事であることは当然覚悟しています。
しかし「後だしじゃんけん」のような批評を平気でする人が一定数いること。これは想定していないトレーナーがほとんど。
私にもそんな経験はありますがやっぱり切ないもの。この仕事をして17年目になりますが、とても傷つくものです。
少し俯瞰した視点で考えてみよう
トレーナーが通常業務で辛い思いをするとき、その対象者は監督やコーチ、チーム内スタッフということもありますよね。
…はぁ…。好きなこと言うなよなぁ…!
そう思ってしまうのは我々の性(さが)。ちょっと冷静になって考えてみましょう。
トレーナー業だけではありません。プロとして単年契約を結んでいる技術コーチだって、相当のストレスを日々戦っているのです。
近鉄時代のコーチの思いを目の当たりにして
2017年秋。公式戦がスタートして3週間を過ぎた頃の話です。
インシーズンの1日1日の重みってすごいものがあります。試合終了後、10時間も経たないうちに顔を合わせた昨日朝のコーチとスタッフ達。
それぞれの顔や雰囲気にはやはり疲れの色がにじみ出ていました。
一つ勝ったら吹っ飛ぶ疲れ。一つ負ければ「どうすればいいんだろう」と悩む。大の大人たちが一試合毎に大きく揺れるのが公式戦なんですよね。
この日もコーチ陣は前日の試合のレビューミーティング。
メディカルトレーナーは訪れた選手たちのトリートメント。
S&Cはノンメンバー・バックアップメンバーのストレングストレーニング指導。
ミーティングを終え、ひと段落したランチ後のことでした。
珍しく大きな欠伸をしている外国人コーチに、
「昨日はあんまり寝てないの?」と何気なく聞いたら…
「いつもどおり。基本試合当日の夜はあんまり眠れないからなぁ。昨日もトイレに立ったら前半のスクラムの場面を思い出して腹が立って、腹が立って…」と独りごとみたいに答えました。
いつもは豪快かつ奔放なイメージのそのコーチ。そんな様子の彼が、当たり前ですが日々身を削り心血を注いで現場に立っている。
その一面を垣間見ることができて、何だか嬉しいような、愛しいようなそんな思いに駆られました。
別の技術コーチは、自宅で寝ていてパッと目を覚まし、閃いたとのこと。
「そうだ、次の試合はエッジまで運んで、2回当てたらバックス2人と…」
と声をあげてしまい、横で寝ている奥さんから、
「もうやめてよ、この変態!」となじられたそうです…
やんちゃな子供に親の気持ちはわからないように
どんな仕事でも真剣に取り組んでいれば、他の人にはわからない気持ちがあるものでしょう。
プロとして年間契約をし、家族と離れて時には自分の国も離れて勝負をするアスリートスポーツの現場であれば…。
ことさらにその感情は理解されないものだと思います。
選手一人ひとりも有限である現役生活を有意義なものにしよう、と必死なのは間違いありません。
少しでも太く、長く現役生活を全うしたいとものすごい重圧の中でプレーを行っているものです。
ただ彼ら、彼女らが生きている世界の中心は彼ら、彼女ら自身。
どれだけ成熟したプロ意識の塊のような選手でも、現役時代はいうなれば「やんちゃで元気な子供たち」のようなもの。
そんな選手を中心に考えて、励ましたり、叱責したり、なだめたりするコーチやスタッフが、日々どれだけの時間や労力を割いているか。
関係のない周りの人はもちろん、直接指導しているアスリートたちですら、想像の範疇をはるかに越えているものなんです。
前述のコーチに、
「まるで小さな子供を持つ親みたいなもんだね。」と拙い英語で伝えると、
「そんなもんだよ!」と苦笑いをしていました。
家族にさえ理解しがたい重圧
一つのチームの中で、選手だけでなくコーチやスタッフが一試合にかける思い。
大きな責任感と緊張感は実の家族にさえ理解しがたいものです。
2018年に放送されている朝ドラ「半分、青い。」。何かと批判を受けるドラマですが、この物語の中でヒロインの夫が映画監督の夢を諦めきれずに、離婚を切り出す場面があります。
「夢を叶えるのに家族はじゃまになる」
この表現や姿勢に対して、たくさんの視聴者からクレームが届いたようです。
「何で夢を叶えるために家族を捨てなくてはいけないのか、わからない」
「映画監督になって家族を養えばいい」
私自身は、こういったコメントばかりがたくさんあることに、ちょっと驚いたんですよね。
何いってんだよ、Dreamyな夢ではなく、現実に叶えたい目標に対して死にものぐるいで戦うのであれば、家族とのバランスなんて両立できるわけないじゃないか。
炎上しちゃうかもしれませんが、正直私はそう感じたんです。
もちろん、間宮祥太朗さん演じる、主人公の夫は間違いなく「ダメ人間」です。全くいいことではありません。一般的な感覚からいえば無茶苦茶なんでしょう。
実際に、我が家の家族も、「何ふざけたこと言ってるんだよ!」と憤慨していましたから…。
しかしスポーツ現場の最前線で、社員の一環ではなくプロのスタッフとして働くのであれば。
24時間四六時中、現場のことを考えているものです。そうでないと成り立たないのだと思います。
(社員として働かれているコーチやスタッフに全く他意はありません。しかし危機感や恐怖感は、単年契約とは全く違うニュアンスなのです。)
この緊張感というか緊迫感は、ひとつ屋根の下で一緒に暮らしている家族にも、正直理解できないと思います。
チームに関わるトレーナー業の我々にこれだけの重圧がかかっているのだから、監督や技術コーチのプレッシャーたるや、想像の範疇を超えているはずです。
お互いへのリスペクトを忘れないこと
ある意味、「身内」の中で感じるストレス。全てがこれで解決するわけではありませんが、同じ戦場で戦っている専門家たちがお互いへのリスペクトを忘れないこと。
相手の立場を思いを馳せる情をほんの少し持つだけで、追い込まれた現場の気持ちはずいぶんと軽くなるはずです。
負けるな、現場のトレーナーたち
自分自身への叱咤激励を含めて、最後に現場のトレーナーへのエールを送りたいと思います。
関わりの薄い第三者の言葉は放っておこう
人生で味わう機会がなかったかもしれないような貴重な経験。
それを体験できている感謝でいっぱいですが、だからこそ中途半端な関係者にわかったようなことを言われるのが、本当に悔しいもの。
一つの現場にどっぷりと入り込まないと共有できない「割り切れないこと」。
想像力を働かせて、もう少しこの感覚を理解してもらえたら、外野で偉そうに理論的なAやBを語る第三者や専門家とやらも減るはずなのになぁ…
現段階での私の結論。それが「関わりの薄い第三者は無視しよう」ということ。
どんなに理解してもらおう、共感してもらおう、慰めてもらおうと時間をかけても、第三者にその気持ちは1%も伝わりません。そう思っていたほうがいい。
これは現場の仕事だけではないです。
自身のキャリア形成の過程で試行錯誤しながら様々なアクションを起こしていっても、同業者ほど「あいつ、何か違うこと始めてるよ…」、「彼は変わってしまった。」といった批判や、拒否反応を示す人って、驚くほど多いもの。
こういった人たちがあなたを支えてくれたり、戦友になる可能性はほとんどありません。無視すればいいです。そんな人達にあなたの活力を奪われるのは勿体無いですから。
頑張らなくていい。本質をぶらさずにいきましょう
スポーツ現場で頑張っているトレーナーと名がつく人たちで、今弱ってしまっている人もたくさんいるはず。
そんな人には、「頑張れ」ではなく「とにかく選手に対して真っ直ぐでいようね」という声をかけたいです。
「頑張れ」って極限にしんどい状況ではものすごく残酷な言葉。やめてくれよ、これ以上頑張れないよ…って感じてしまうのが普通ですから。
「これ以上頑張らなくてもいいよ。ただ気持ちが切れないように選手に何ができるか、だけに集中しよう。言いたい奴には言わせておこうぜ!」
これは自分自身によく言い聞かせている言葉。
自分が立ちたかったスポーツ現場に携わり、今曲がりなりにも仕事にできていること。その感謝を忘れずに。
ちょっと愚痴っぽくなりましたが、今まだつらい思いを抱えているすべての現場のトレーナー業の人たちへ。負けないで、やっていきましょう!
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YUJI HIROTA
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