物心をついたときから、自分の目の前には常に野球がある環境でした。一番幼い原風景は、母に連れられて厚手のグランドコートを着ながら東京ロッテオリオンズの先頭で、ひたすら連帯歩調で走っている父の姿。鹿児島での春キャンプに連れていかれた際の記憶のようです。

著名なプロ野球選手だった父に憧れて、当たり前のようにプロ野球選手を目指して野球を始めました。

トレーナーをしている方によくある、「プロを目指して野球に打ち込んだものの、怪我で思うようにプレーができず…」と美化するような要素はひとつもなし。高校野球で完全に伸び悩み、モラトリアム時代の大学を抜けてようやく野球をプレーすることに諦めをつけた、そんな学生時代でした。

父だけでなく四国銀行にてバレーボールを行っていた母も相当なスポーツマンでしたから、遺伝子的な言い訳はできません。

私も運動神経は良かったと思いますが、道具を使った運動センスは非常に乏しかったです。あれだけ毎日毎日野球漬けだったにも関わらず、久しぶりにキャッチボールをしようと思っても、もはやイップスでもなく、本当にどうやってボールをリリースしていいのか、感覚が全く出てこない。

…どんなアプローチで自分は努力してきたのか、笑ってしまうような気持ちになります。

素振りに対する思い

全く別物だった父の素振りの音

最終的に両親が離婚したこともあり、小学5年生を境に父とは全く会えない時期が続きました。その後野球を続けていく中で、ずっとコンプレックスだったこと。それが父の「素振り」です。

素振りに意味があるのかないのかは、現在様々な角度で研究が為されています。もっといい練習方法はたくさんあるのかもしれませんが、昭和60年前後、プロ野球選手である父は家にいるときでも思い立つと部屋の910gのバットを持ち、マンションの屋上に上がっていきました。

こっそりと父の様子を見るために後から屋上に上がると、そこで聞こえる「バゥン!!」という音と地面が揺れるような振動は衝撃的した。

とてもではないけれど、話しかけられるような雰囲気ではない、鬼気迫る張り詰めた空気。数はそれほど多くなく、たぶん50~60回程度。

今考えると練習をしているというよりも、不調であったり自分の中での微調整が必要な際に、頭ではなく体で確認作業を行っているような時間だったのでしょう。

父と会わなくなり、「プロ野球選手の息子」である自分と野球だけが残りました。父を見返してやる!という思いも当時強くありましたから、とにかく分かりやすい努力だけは必死に重ねていました。方法論や意識の低さは大いに問題がありましたが…。

中学、そして高校へ。とにかく一本一本を集中して、一番量をこなした自主練はやはり「素振り」でした。いつも頭の中にあるのは、父の素振りの音とその振動。あれぐらい振れないと上手くならないんだ、とそのイメージを常に追いかけてスイングをしていたんですよね。

高校最後の夏を前にして、うっすら気がついていたことを認めざるを得なくなりました。努力をすれば必ず叶うわけではない。必死に筋力トレーニングをして、毎日握力がなくなるほどスイングをしても、父のあのスイングのような音やスピードは出せないんだな、ということ。

その頃には、小さいころから死ぬほどやってきた「素振り」という行為は、私にとってはコンプレックスの代表格のような存在になっていったのでした。

 

ウエイト場で行うルーティンの「素振り」

年を経て今はトレーニングの専門家としてアスリートに携わるようになりました。専門分野はストレングス&コンディショニングですから、自分も定期的にトレーニングをしますよね。

プロとしてはいけないのですが、正直ウエイトトレーニングをしたくない日があります。また自分の体と神経に意識を向けて行うべきトレーニング前に業務上のストレスや迷いが生じて、なかなか集中できないときもあるんです。

そんなときには暗くしたウエイトルームで、息を整えて素振りをするというのが私の集中力を取り戻すための大事なルーティン。5~10本のみの不格好なスイングですが、自分の体とバットに意識を集中させて、とにかく鋭くバットを振る。そうすると、すっと無心のフラットな自分に戻り冷静になっていくんです。

デッドリフトやスクワット、ベンチプレスや懸垂系のセット間インターバルにもバットがあれば、スイングを入れるのは完全に習慣化しています。バットがない状態でも木の棒やタオルを結んででも(!)スイングをする、というのがウエイトトレーニング時のルーティンです。

…ちなみにプライオメトリクス種目や、クリーン、スナッチというオリンピックリフトを行う際には絶対にスイングは挟まないんですよね… あれは何でなのか自分でもよくわかりません…。

 

「素振り」はスイッチを入れてくれるもの

本来の用途ではないのですが、長年自分が取り組んできた素振り。素の自分に簡単に戻れたり、迷いを忘れて専心することを通して、プロであろうという自分のスイッチを入れてくれるのだ、と解釈しています。

現在はラグビーの現場で働いているくせに、ウエイト場でバットスイングしやがって!と感じているスタッフもいるかもなぁ…という気持ちもあります。しかし私にとってはある種の儀式であり、大切なルーティン。

自分が父のスイングに感じ取ったような、「専心する人の真剣さ」みたいなもののかけらでも感じてもらい、「何か弘田にとっては必要なことなんだろうなぁ」ぐらいの感覚で許してもらえれば、と思っています。

 

 

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YUJI HIROTA

アスリートスポーツの現場をメインに活動するトレーニング・コンディショニングの専門家。「コンディショニングコーチ」ですがスポーツトレーナーといった方がわかりやすいのかも。実は鍼灸師でもあります。









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