過去ブログの中で何度か「女性アスリートと生理」の問題について書いたことがあります。
男性のコンディショニングコーチとしては難しいトピックではありますが、娘二人を持つ父親であり、母と姉の3人という母子家庭で育った私としてはとても関心のあるテーマです。
北京オリンピックに出場するなど水泳の100m・200mで活躍したアスリート、伊藤華英さんが自らの体験を語った生理と競技についての記事を拝読し、改めて生理についての日本全体のスタンダードを上げていく必要があると感じています。
日本スポーツ栄養学会など、毎年行われるシンポジウムでも常にトピックの一つとなっている女性アスリートと生理の問題。
10年ほどずっとこの問題の認知を呼び掛けているにも関わらず、遅々として進んでいないのが現状だ、と知人の管理栄養士も嘆いていました。
思春期を迎えた女性競技者の多くは身体の大きな変化によりパフォーマンスに影響を受けます。
今までと同じような食生活をしていても簡単に体重が増えるようになったり、PMSと呼ばれる生理前のイライラに悩まされるようになったり。
特に陸上の中・長距離選手といった持久系スポーツや体操、フィギュアスケートといった審美系スポーツでは1割以上が運動性無月経である、という調査が発表されています。
無月経とは3カ月以上月経が停止している状態を指します。ハードなトレーニングなどでエネルギー不足が続くと、女性ホルモン分泌量が低下。
女性ホルモンの代表であるエストロゲンは骨量の維持に関わっているので、運動性無月経は骨密度の低下にもつながっています。弱くなった骨に強い負荷がかかることで疲労骨折の原因になるのです。
詳しい記事が先日載っていたので引用させていただきます。
「日本産科婦人科学会と国立スポーツ科学センター(JISS)は2014年、大学の女子選手を対象に、共同でアンケート調査を実施。
それによると、無月経の割合は、運動をしない一般の大学生が1・8%だったのに対し、日本代表レベルの選手で6・6%、全国大会レベルで6・0%、地方大会レベルでも6・1%と高かった。
競技別では体操・新体操やフィギュアスケートといった審美系の選手で16・7%、陸上中・長距離や自転車ロードといった持久系の選手で11・6%に達した。
この共同調査では、持久系や審美系の選手はそれぞれ約4分の1が疲労骨折を経験していた」
WEB記事「10代選手の低体重と無月経、一生を左右=東大病院「アスリート外来」の能瀬さやか医師」より
骨密度は成人するまでにそのほとんどが形成されると言われています。女性の平均寿命が90歳を越えている現代において、ADL(日常生活動作)の源となる大事な骨密度。
最も重要な時期である思春期に、無月経症状であることは生涯において影響を与える大きなリスクなんです。
「生理が止まっている方がむしろ楽でいいよ」
そんなことを本気で思っている女性アスリートに正しい知識を教えてあげないと、取り返しのつかないことになってしまう。
女性競技者に関わるトレーナー業は性別に関わらず、こうした強い危機感を持つ必要があります。
米国スポーツ医学会(ACSM)では、
1.利用可能なエネルギーの不足
2.無月経
3.骨粗しょう症
この三つの疾患を「女性アスリートの三主徴」と定義し、既に1990年代から対策に取り組んでいます。
私が留学していた2000年前後でも、大学内の女性アスリートが「今生理中だから腰が重い」、「ピルの量をコントロールしてから楽になった」といったことをごく普通に話してくれていたことを思い出します。
それに対して日本はこの分野にあまりにも遅れていると言わざるをえないです。8割方の思春期の競技者は部活動が中心ですから、なおさら難しい部分はあるのでしょう。
部活の顧問は男性教員の比率のまだまだ多く、生理についての悩みを相談することもできなければ、教員側もこの問題に対する知識が十分とはいえないはずですから。
部活動を行っている女性競技者も、校外でのクラブ活動をしている女性アスリートも、いわゆる「保健の先生」である養護教諭や母親にまず相談してみるのが一番現実的。
逆に言えば養護教諭や母親の正しい認識と理解はまず重要だということになります。
そういった観点から私も2017年2月に、妻に生理に関するセミナーに参加してもらいました。
実体験を通した大変さを知っている女性が、より「我が事」として知識を深めることで、娘達へのアドバイスや教育にも大幅にプラスになるだろうと考えたからです。
以前も紹介しましたが、東京都文京区にある東大医学部付属病院の女性診療科・産科は2017年4月から「女性アスリート外来」を開設。
こうした問題を抱える選手に対して障害予防やコンディショニングの観点から診療を行っています。
通常は、女性診療科・産科の一般外来(初診外来)を一旦受診してから、各専門外来にかかるシステムです。
女性アスリート外来については、各専門外来宛の紹介状を持参した場合は初診で専門外来を受診することも可能とのこと。
東大医学部付属病院の女性診療科・女性アスリート外来
思春期のスポーツに励む娘さんをお持ちで生理に関わる問題に悩んでいるご家庭。
受け持っている女性選手が無月経が続いていることを相談してきたものの、どの専門機関に受診させていいか正直わからない指導者の方。
こんな方々はぜひ訪れてみるべきです。
そこまで深刻ではないものの、運動による慢性的なカロリー不足で生理不順に陥っている女性選手に関わっている場合は、管理栄養士にまず相談するというのもおススメです!
[box class=”blue_box” title=”追記2017.10.24″]「生理の血が赤い」という当たり前の事実を知らせる内容が発表されたイギリスのCMについての記事。こういった啓蒙活動が広がり、女性が生理について話したり男性の意識が高まっていく文化を創っていくのは大切ですよね。[/box]
現在小学六年生の次女が行っている女子サッカー。仕方がないことかもしれませんが、一生懸命に応援している親御さんで、我が子の第二次性徴に伴う大きな変化を考慮している人はごく少数です。
実際に「体が変わってきて本人も大変なんだろうな」と想像こそすれ、どれだけ劇的な変化が彼女たちに起きているか、その仕組みを理解することは特に父親にとってはとても難しいことなのはわかります。
だからこそ現場指導に関わる指導者、コーチやトレーナーが一定以上のリテラシー(読み書き能力)を備えて、親の「子供可愛さと無知からくる暴走」を止めなくてはいけません。
結果的にその女子選手の将来を守ることになる。確たるこの自信があれば、凛とした態度で保護者を納得させることができるはずです。
自分が経験することができないものの、男性のトレーナー業としても絶対に避けて通れない生理にまつわる知識。
知識と「こういったつらさがあるのだろう」という人間としての想像力。
「この人になら生理についての苦しさや不安を話しても助けてくれそう」という安心感を女性選手に感じてもらえる人間性とある種の清潔感。
プロだからこそ、この辺りまでしっかりと考えて信頼に足る人材にならなくてはいけません。
日本のトップレベルに関わる管理栄養士に聞くと、やはりピークスポーツを行っている女性アスリートに対しては、栄養だけでなく当たり前のこととしてピルでの生理周期コントロールも指導しているとのこと。
限られた女性アスリートの中では当たり前となっている生理に対する取り組み。「当たり前のレベル」としてのスタンダードが日本でももっともっと高まっていかないといけないですよね。