「フェイスブックにおけるインターナショナルの友人の数が〇〇人を越えました!」
そんな告知がフェイスブック上に現れた先日。アメリカに留学し拙いながらも英語を使って仕事をしてきて良かったなぁ…と思っています。
アメリカ、カナダ、キューバ、ドミニカ共和国、台湾、韓国、中国、オーストラリアにニュージーランド、トンガや南アフリカ。様々な国籍の選手に触れる中で感じた事が、勝敗に関するこだわりです。
外国の選手というのは、一様に異常なほど負けず嫌いというか、勝負事にこだわるんですよね。
ラグビーのトレーニングでは、ボールを使ったコンディショニングゲーム(SSG:Small Sided Game)というのも頻繁に行うのですが、国際的な選手はどんなときも勝負に固執するわけです。
全員帰化し国籍上は日本人なわけですが、近鉄時代に関わったのが、ニュージーランド出身のトンプソンルーク、韓国出身の金哲元、トンガ出身のタウファ統悦。
彼らはもうすごいエキサイトします。時には前もって決めているその日のローカルルールなどにも抗議をするのは日常茶飯事。
これに対して真剣かつ必死にはやるものの日本人は、そういったクレームは比較的激しくせずに穏やかにプレーするのです。
やはりこれだけ傾向があるのには、文化の違いが大きいのではないか。そう思って先日読了した本が「なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか」でした。
なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか ルールメーキング論入門 (ディスカヴァー携書)
この本を読んで面白かったのは、スポーツにおける日本の美学。「決められたルールに対して異を唱えるのを潔しとしない」というところにあるのではないか、という切り口が面白かったです。
そのうえでスポーツだけでなくビジネスの現場においても、諸外国はそもそも「ルールそのものを変更する」ということも戦術の中に入っているのだ、という観点は非常に腑に落ちました。
良くも悪くも日本の文化というのは潔い。自らを鼓舞し仲間を信じて献身的な働きをひたすら続ける。その先に勝利がある、というような文化なんですよね。むしろ特徴的なのは日本人の考え方なのかも?という気づきは新鮮でした。
コチラもお読みください→時間の概念は担当スポーツや属性によって大きく違う!トレーナーが押さえておきたい「現場特有の常識」
2015年のラグビー日本代表対スコットランド代表戦。常に有利に試合を進めながら、試合巧者でありラグビーリテラシーに秀でたスコットランドに、最後は逆転されてしまいました。
スコットランドの後半15分の戦い方は狡猾というか、プレー間をわざとゆっくりと移動をしたり、計算しつくされたタイミングでエリア外にボールを出したり、時間を使うという概念が浸透しているなぁ、と感じました。
もちろん日本代表にせよ、私が所属しているチームにせよ、そういった時間のかけ方をして僅差のゲームをものにする、という展開はあり必要です。
しかしこういった巧さをフル活用する冷静な判断と、あくまでも結果を出す!勝つ!!という一点に対する執念にも似たこだわり、という点が日本人は少し弱い気がします。
えてして気持ちの上でも「守りに入る」傾向があり、かえって勝ち切るという結果に対して、マイナスに作用してしまうことがあるのでしょう。
<以下加筆部分>
結果的に念願であったベスト8進出は叶わなかった、2018年のロシアワールドカップ。
しかし決勝トーナメントに進むためにとった、0-1で負けている展開でのポーランド戦。
最後の10分間のボール回しに徹した日本代表の戦い方。
賛否両論ありますが、西野監督が下したこの判断に、当初は迷いながらも従った選手たち。遂行できたのは、日本人である我々が持つ「決められたルールに異を唱えることを潔しとしない」という文化があったのではないか。
私自身はそう感じました。
遊びだろうが、専門外だろうが、とにかく勝負と名がつくものには常に真剣。いつでもレフェリーにはアピールやクレームを言いながらも、結果にこだわり貪欲にプレーする。
こういった姿勢を普段から習慣化していくのも大切。そんなことを改めて感じました。
度を過ぎたクレームはイエローカードとなりますし、チーム内のゲームでは、レフェリーをしなくてはいけない私のストレスも大きいので、たまったものではありませんが…
・勝負に対する執着には国の文化も関わっている
・日本人の「ルールは絶対でそこに口を出さない」姿勢こそ文化的
・2018年ロシアW杯では、日本人の文化的な部分が垣間見れた
・普段の小さな競争から「とにかくどんなことをしても勝つ!」という姿勢はスポーツの世界では大事